前話まで:ローズ、ガーベラ、キクは、名前の分からない花の痕を四つの確認項目へ分け、それぞれ自分で調査の入口を選んだ。作業の最後、ガーベラは記録帳の綴じ糸に、色と太さの違うひと針分の繕い直しを見つけた。
日曜日の花暦編集室は、車の音よりも時計の針が近かった。
ローズは窓を開け、すぐに閉じた。夜の雨が残した湿った風が、古い紙の箱へ向かったからだ。
机には昨日の四つの欄がある。名前、場所、日付、挟んだ人。どれもまだ空欄だった。
綴じ糸の一か所だけを大きく撮影すると、繊維の向きが他と違う。糸を起こせば、下に隠れた色や紙の傷が見えるかもしれない。
ローズの手が保護紙の端まで伸びた。「……触れば、すぐ分かるかもしれない」
返事の代わりに、キクの六項目カードと、ガーベラの「四項目全部保留」という文字が目に入った。早く答えを出すために、残っている手掛かりを減らしてはいけない。
ローズは糸を持ち上げず、定規を隣に置いて引きと寄りの写真を一枚ずつ撮った。糸、紙、花の痕の位置関係だけを図にし、触れていないことも記録した。そして記録帳を閉じた。
国立科学博物館の海藻標本に関する教育資料は、完成した標本をカバーに挟んで暗所に保存し、湿気に弱いため除湿できる部屋の標本棚が理想だとしている。この記録帳は科学標本ではない。それでも、古い植物の痕を光と湿気から遠ざける理由は十分にあった。
ローズは記録帳を新しい箱へ入れようとして、手を止めた。古い箱には前任者が残した配置順序がある。良かれと思った入れ替えも、情報を失うことがある。
窓からの光が机の端まで届いた。
ローズは古い箱の中で記録帳を元の向きへ戻し、箱ごと光の届かない棚の中段へ移した。除湿器の表示と室温を記録し、箱の外へカードをつけた。
――調査は止めていない。対象を守るため、今日は開けない。
キクとガーベラへ「触れずに保管した」とだけ書いて写真を送った。誰からもすぐに返信はなかった。日曜日だからだ。
返事を待つ間、ローズは記録帳に触れずに調べられるものを一つ選んだ。編集室の古い備品台帳である。
糸を拡大した写真の隣へ書いた。――綴じ糸。購入日、購入先、修繕記録の順で調べる。
その日の小さな問題は解決した。記録帳を開け続けなくても、次の手掛かりへ進める。光が机の上を移動した。今度は、守られた箱までは届かなかった。
この話の花の事実
国立科学博物館の海藻押し葉標本の教育資料では、完成した標本をカバーに挟んで暗所に保存し、湿気に弱いため除湿できる部屋へ標本棚を設けるのが理想とされています。本話の記録帳は研究標本ではないため、同じ保存処置が最適だとは断定せず、触れない・光と湿気から遠ざけるという小さな判断だけを描いています。
花店や資料調査で使える一言
「今日は開けません。現状と保管場所を記録し、次は対象に触れずに調べられる資料から始めます」
次回への問い
編集室の古い備品台帳に、この綴じ糸を買った日は残っているでしょうか。


