本文へ移動

花娘物語

花暦編集室 第6話「数字が止まる場所」

古い備品台帳、綴じ糸、赤い印の伝票、統計表と淡いピンクのカーネーションを並べた第6話の標本ビジュアル

前話まで:ローズは、古い記録帳を開け続ける代わりに、光と湿気から遠ざけて保管した。次に選んだ手掛かりは、記録帳に触れずに読める編集室の備品台帳だった。

午前五時五十二分、花暦編集室の作業台に、色の違う付箋が七列並んだ。

「これは、朝ごはん前に見る量ですか」

ガーベラが訊くと、カーネーションは古い備品台帳から目を上げた。髪をまとめ、袖口をきっちり折り、鉛筆を二本とも同じ長さまで削っている。

「数字は、電話が鳴る前の方が静かに読めます」

「数字にも静かな時間があるんだ」

机の中央には、記録帳の綴じ糸を拡大した写真があった。ローズは前日、糸に触れず、備品台帳から購入日と購入先を追うと決めていた。

カーネーションは、台帳の項目を三つの列へ分けた。

――注文した。
――仕入れた。
――届けた。

「似た数字が並びますが、同じ仕事ではありません」

ローズが古い受注伝票を見た。「『支払済』の印なら、注文と支払いまでは分かる」

「でも、配達欄は空白です。届いたことまでは証明しません」

カーネーションは、農林水産省の「花き卸売市場調査の概要」を画面に開いた。そこでは、花き卸売市場を、生産者や集出荷業者などから委託または買付けた花を、仲卸や小売店などへ、せり・入札・相対の方法で卸売する市場と説明している。切り花類の卸売数量は「本」で数える。

「市場の数字は、いつ、何が、何本取引されたかを追う手掛かりになります。でも、この一件を誰が受け取ったかまでは書いていません」

ガーベラは、カーネーションが描いた流通経路の矢印を数えた。「九本あります」

「可能性を消さないためです」

「紙の上で花束ができそう」

キクは一番右の矢印を指した。その先には、薄い字で「修繕者」とある。

「この矢印、台帳だけで引けますか」

カーネーションの鉛筆が止まった。

備品台帳には、綴じ糸を含む製本用品の購入記録があった。日付の一部は薄れていたが、前後の頁から、受注伝票が書かれた後の同じ年度内に仕入れられたことまでは絞れた。購入先の欄には略号が一つ。しかし、誰が糸を使ったかはない。

「使った人まで、線を伸ばしすぎました」

カーネーションは「修繕者」へ向かう矢印を消した。代わりに、枠の外へ小さく書く。

――購入記録あり。使用者は未確認。

ローズは次の担当を決めずに訊いた。「このあと、何を確かめたい?」

カーネーションは、仕入先の略号を指で囲んだ。

「届け先を推測する前に、この記号がどの店を指すのか確かめます。経路は、つながったところまでで止めます」

ローズは口を挟まず、彼女が台帳の横に白いカードを置くのを待った。

その日に確かめられたことは、ひとつだった。綴じ糸を含む製本用品の購入記録が、受注伝票の後、同じ年度内に見つかった。記録帳の糸がその購入品かどうかは、まだ照合していない。購入した人、記録帳を繕った人、花を注文した人を、一人にまとめる根拠もなかった。

カーネーションは七列の付箋を三列へ畳み直した。ガーベラが覗き込む。

「減りました?」

「重ねました」

「それ、昨日も聞いた解決法です」

窓の外が明るくなったころ、白いカードには仕入先の略号だけが残った。

この話の花の事実

農林水産省の「花き卸売市場調査の概要」は、花き卸売市場で、せり・入札・相対によって卸売された切り花類の数量を「本」で把握すると説明しています。こうした統計は流通を追う手掛かりになりますが、個別の小売注文が誰へ配達されたかを示す記録ではありません。本話では、実在の統計の役割と、創作上の受注伝票・備品台帳を分けて描いています。

出典:農林水産省「花き卸売市場調査の概要」

花店や資料調査で使える一言

「注文、仕入れ、配達のうち、この記録から確認できるのはどこまでですか。確認できない先は、推測せず空欄にしてください」

次回への問い

同じ月の仕入先一覧に一度だけ現れる略号は、当時のどの店を指すのでしょう。

Keep exploring

次に読む

物語一覧